sweet Filling epilogue (完)
「もうほんとに幸せな気持ちになった…人生で1番…」
まゆはすでに赤く腫れた目に涙を浮かべてもう何度目かも分からない台詞を感慨深そうに言った。
「エスコートの仕方が完璧で、膝のことも全然分かんなかったし、ドレスもめちゃくちゃ綺麗でさ…ウェディングケーキなんて、さすがスイーツ男子って美味しさで…パイ生地の層と甘酸っぱいフィリングの、今すぐもう1回食べたい…」
「まゆ、そろそろソフトドリンクもらう?」
えみりはまゆにメニューを渡しながら少し困ったように笑った。
「今日くらいまだいいでしょ〜?えみりの結婚式だよ?」
「そうそう、今日は車で送っていくし」
そう言いながら涼しい顔でウーロン茶を啜るハセガワを、えみりはテーブルの下で軽くつねった。
「腕の傷もさ、レースが繊細すぎて誰も気付いてないし…はあ、えみりも今日からハセガワさんかあ」
「でも、いっつも“長谷川“と間違えられるんだよ?説明するの、結構めんどくさい」
えみりはテーブルに長谷、と書いてみせた。その腕には痛々しい傷痕が残っている。左の膝にも簡易的な装具がついていた。
「はいはい、” 羽瀬川 ” で悪かったね」
「私は珍しい苗字の方が憧れるけどなあ」
「そういえばゆきさんがさ、」
あ、まゆのお姉さんね、とえみりは羽瀬川を見て続ける。
「まゆのスピーチの “えみりみたいなお姉ちゃんがほしかった” ってところで、おばさんにめちゃくちゃ文句言ってるように見えたけど、ゆきさんにお酒でも買って帰った方がいいんじゃないかな?」
「…だね。羽瀬川さん、帰りコンビニにお願いします」
「まゆちゃん転びそうだから、俺が代わりに買ってくるね。お姉さん、ずっと泣いてたのに、あの瞬間…」
羽瀬川が、ふふっと吹き出して笑った。まゆも恥ずかしそうに笑った後、えみりを見た。温かい、えみりの好きなまゆの目だった。
「えみりのお母さん、とっても幸せそうだった。もっと幸せになれるように、えみりもいっぱいいっぱい幸せになってね」
「うん、そのつもり…あんなに泣いてね、初めて見た…、ありがとう、まゆ…」
式でも涙を見せなかったえみりが、まるで幼い子どものように泣きだしたのをみて、まゆもしゃくりあげるように泣いた。
そんな2人を宥めながら、羽瀬川はやれやれと短く息を吐く。
そんな3人をよそに盛り上がる隣の席から漂ってきたタバコの煙は、少し苦くて、甘いあまい匂いがした。
FIN.
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