SNS Cinderella 7(完)
守谷クリニックに転院してからも、日奈子はしばらくの間、痛みと闘う日々を過ごした。右腕は次第に回復し、ベッドの上で守谷がリハビリを行った。しかし、筋肉はそげ落ち、可動域も著しい制限が見られた。動かすたびに痛みが走り、日奈子の額には脂汗が滲んだが、歯を食いしばりそれに耐えた。守谷が切り上げようとすると、首を横に振り続行を望んだ。日奈子の強い思いと、守谷の献身的なケアによって、右腕はめざましい回復を見せた。
守谷は仕事のない時間は、常に日奈子と過ごした。他愛もない話をすることで、日奈子にも笑顔が戻った。時折、フラッシュバックが起こり、過呼吸を起こすこともあったが、その度に守谷が優しく背中を撫で、落ちつくまで寄り添った。
看護師も代わる代わる日奈子に声を掛け、日奈子の心は平穏さを取り戻しつつあった。
「かずや、先生。また、さぼり?」
「こらこらひなちゃん。回診って言ってほしいな…」
病室を訪れた守谷に、日奈子は笑顔を見せた。短い言葉であれば少しずつ話せるようにもなり、いつの間にか互いを名前で呼び合うようになっていた。
「何かの、勉強?」
日奈子は背中を起こしてもらい、マネージャーに持ってきてもらった参考書を読んでいた。守谷の問いに、頷く。
「臨床心理士か。ひなちゃん向いてるかもね。でも無理は禁止です」
明るく笑った日奈子だったが、ベッドに投げ出された両脚は未だに完治の目処が立っていなかった。右膝には包帯が巻かれ、その上からブレーズでまっすぐに固定されていた。膝下の切断は主治医として守谷が拒んだが、やはり感覚は失われ、足首にも装具が着けられていた。右脚の腫れは未だに引かず、今後も手術が計画されている。左脚は脚の付け根までギプスで固定され、架台に乗せられていた。未だに強い痛みが走ることがあったが、こちらは徐々に回復しつつあった。しかしながら両脚は日奈子の意思では思うように動かないのが現状だった。
「そういえば、もうそろそろ車椅子で外にでてみようかな、と思って。誘いに来たんだ」
守谷は窓の外を覗きながら言った。しかし日奈子から返事がないことを不思議に思い、振り返る。日奈子はうつむいて、唇を噛みしめていた。
「…怖いと思うから、まずは屋上で花火でもみようよ。それから、勇気が出たらいろんなところに出かけよう」
それでも日奈子はうつむいたまま、何も答えない。
「んーー…デートの誘いはまだ早かったかあ。焦ってたのは僕の方だね。ごめん、ゆっくり待つ。ひなちゃんがデートしてあげてもいいかな?って思ったら、また誘って」
「…先生とデート、なら…怖く、ないかも…」
そう言って顔をあげた日奈子は、恥ずかしそうに笑った。
「ぱぱもままもおそいよっ!!」
そう言って振り返り、腰に手を当てて立つ女の子の視線の先には守谷と、守谷に車椅子を押される日奈子がいた。
「あたしがままのおてつだいする!」
段々と口が達者になってきた娘を、見て守谷と日奈子は幸せそうに笑った。その強気な瞳は、日奈子譲りだった。
日奈子は今、守谷クリニックで臨床心理士として働いている。かつての守谷や日奈子のように、心の隙間を痛みや傷で埋めようとする患者は少なくない。そんな患者を救えるのは、やはり同じ悩みを持ったことがある者だけだろう。
日奈子の右脚は、手術とリハビリを繰り返したもののやはり麻痺と運動障害が残った。しかしながら、血が滲むようなリハビリと守谷のサポートのおかげで、杖をつき装具を着ければなんとか歩けるまでに回復した。その結果、モデルとしても復帰し、ママモデルとして人気を集めている。そのほかにもモデルとしての経験とセンスを生かし、車椅子でも脱ぎ着しやすいデザイン性の高い洋服のプロデュースも手がけている。
現在の生活は、かつての日奈子が思い描いていた華々しいものではない。しかし、温かい家庭を築き、飾らず自分らしく、そして同じ悩みを持つ人々のケアに携われていることに、心から満足していた。怪我の功名とは言えないかもしれないが、こういう人生も悪くないな、と日奈子は感じている。
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