SNS Cinderella 6

病院に運び込まれてから2日後、まだ意識を取り戻さない日奈子の汗を守谷がそっと拭う。

守谷たちが物音に気づき、立ち尽くす男とぴくりとも動かない日奈子を見つけたとき、誰もが息をのみ、女性スタッフは悲鳴を上げた。右脚は膝から折れ曲がりその下はどす黒く腫れ上がっていた。左の脛は消化器がめり込んだように陥没しており、スカートから覗いた日奈子の両脚は、見る影もなく変形していた。

病院に運ばれてすぐ、緊急手術が行われた。右脚の損傷は激しく、右膝の前十字靱帯と後十字靱帯の断裂、半月板の損傷が分かり、高確率で後遺症が残ると思われた。左脚は脛骨、腓骨の骨折が、左腕は手首の脱臼骨折と靱帯の損傷がみられた。左脚には金属が通され、左腕については保存療法で経過をみることになっている。左の肋骨にはヒビが入ってしまっていた。

手術から2日経った今も、右脚は膝から腫れ上がり、傷痕も赤く盛り上がっていた。左脚は皮膚から出た金属に錘を吊るし、牽引されている。右腕は腫れのためシーネ固定に変えられ、左腕は肘のあたりまでギプス固定されている。


日奈子は全身の激しい痛みで、目が覚ました。鼓動に合わせ、手脚がちぎれそうに痛む。身体を動かすことはできず、ただ天井を見つめていた。自分の身体がどうなってしまったのか、日奈子には見当がついた。右脚の膝から下に感覚がないことも、あの膝の状態では仕方がないのかもしれない、と冷静に思う。

「高嶋さん、わかりますか…?」


疲れ切った顔でのぞき込んだ守谷の声に、ゆっくりとうなずく。


「意識が戻って安心しました…。少しずつですけど、よくなりますから。なにかあったらすぐに言ってくださいね」


日奈子は何か言いたげに口を開いたが、乾いた息が漏れるだけだった。


「もしかして…声が…」


どうしても声を出そうとする日奈子の頬に、涙が伝った。恐怖とショックで、声が出なくなっていたのだ。しばらくして病室を訪れた医師は、失声症の可能性と精神科医による治療を勧めた。また、日奈子の右脚の感覚の有無を確認すると、腓骨神経麻痺によりリハビリをしても、以前のように歩ける可能性は極めて低いと告げた。予後によっては切断も選択肢の一つだと付け加え、病室を後にした。



モデルとして生活していけるようになった矢先、日奈子の日常は失われてしまった。両脚には手術の痕が残り、ヒールで仕事をこなすどころが、歩くことさえままならない。心に大きなダメージを負い、声すら出せない。そんなモデルが受け入れられずはずもなく、日奈子自身、被写体になる自信はもちろんなかった。モデルとして、ランウェイを颯爽と歩き、ポージングを決め、数え切れないフラッシュを浴びる。モデルなら、誰もが憧れる夢を日奈子は一生、叶えることができない。これから先、見知らぬ男性に怯え、生きていくことに対する恐怖が日奈子の心を支配していた。


それならもう、いっその事…。今は無理でも、少し動けるようになれば。



「もう少し、落ちついたらですが、うちの病院に転院しませんか?」


守谷の明るい声に、日奈子は呆気にとられる。


「いや、その、慣れてるところの方が、ゆっくりできるかな、と思って…」


照れたようにそう付け加える守谷の姿を見て、真っ黒に淀んでいた日奈子の心に、明るい一筋の光が差し込んだ。


Silent White Moon

bantage,cast...and pain

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