KagoMe 3
靭帯断裂の大怪我から2日、稔は寝ずの看病を続けた。その甲斐あってゆりは段々痛みにも慣れ、家の中であれば松葉杖で動き回れるようになっていた。しかし家事はもちろん、外出は許されず、通院の際は稔が車椅子を押した。
「今日から少し帰りが遅くなる。夕飯はあっためて先に食べておいてくれ。冷蔵庫に入れたから」
「はい…」
ベッドの上で身体を起こし、稔が用意した白湯で痛み止めを飲みながら返事をしたゆりの表情は暗かった。
遅くまでリビングで仕事をこなし、朝早く起きてゆりの1日の食事を準備する生活を続けている稔の顔はやつれていた。しかし自分がが少しでも無理をしようものなら、稔の心労が増えてしまうだけだということも分かっていた。
「無理はしないで……私ならもう大丈夫だから」
「大丈夫だよ。ゆりは何も気にしないで、怪我を治すことだけ考えるんだ。じゃあもう出るから。何かあったら連絡するように」
寝室のドアが閉まる音がゆりにはとても虚しく聞こえた。やるせない気持ちに押し潰されそうになり、気分転換にとリビングに出た。
ダイニングテーブルの上にいつも稔が持ち歩いている名刺入れが忘れられているのを見つけた。ゆりはそれをポケットに入れると、松葉杖をしっかりと握りなおした。
廊下に出ると、稔の後ろ姿が見えた。
「稔さん!!忘れ物!」
ゆりが叫ぶと稔は驚いたように振り返り、スーツやシャツのポケットを探る。そして困ったように笑い、マンションの方へ踵を返した。
ゆりは松葉杖をつき、ゆっくりと階段を降りた。エレベーターを待つよりもすぐにマンションを出られるため、稔もゆりも普段から階段を使っていた。
「きゃ!!!」
突然、右側に身体が傾く。階段を松葉杖から外れたネジが、スローモーションのように転がり落ちていった。
“ぶつんっ”
着いてはいけないと言われていた右足で咄嗟に踏ん張ってしまい、ぐにゃっという感覚とともに鈍い音が右足首から響く。ゆりの身体はそのまま階段を転がり落ち、階段の下で呆然と立ち尽くしていた稔の足元で止まった。
「ゆりっ!!!!!」
「ぎゃああああああああ!!!!!」
稔がゆりの身体に触れると、けたたましい悲鳴をあげ、その身体はピクピクと痙攣した。松葉杖に絡まるように挟まれていた右腕は手首と肘の間が不自然に曲がり、肘もありえない方向を向いていた。右足も膝の下が腫れあがっている。
「しっかりしろ!」
稔はゆりの右腕を掴むと、逆に折れ曲がった肘を本来の方向に力いっぱい曲げた。ごりゅっという骨が擦れる音とともに今にも破裂しそうな痛みがゆりの肘を襲った。
「はがああああああ!!!!!やめでええええ!」
ゆりは口をぱくぱくさせ、左手で右手をかばう。 ゆりの右肘は元に戻るどころか、支えを失いだらりと垂れ下がった。二人の声に気づいたほかの住人が救急車を呼び、ゆりはすぐに病院に運ばれた。
0コメント