sweet Filling 2
不意に、甘いタバコの匂いがした。
「シャワー…」
そう呟くと帰り際、ハセガワに半ば強引に引き留められ巻かれた包帯を、えみりはゆっくりと解く。包帯がはらはらと足首から離れていく。なぜか目頭が熱くなった。幸いにも足首の痛みは落ち着いてきている。熱を持った足首に触れると、ハセガワの手の温度を思い出した。
熱いシャワーを浴びて、全部忘れよう。いつもの日常に、戻ろう。何もない平凡な毎日に。
シャワーの勢いを強める。
洗面台の上に置いたスマホがなっている。ケイタの話を聞きたがっているまゆに違いない。早くしないと明日の学校で拗ねたまゆの相手をしなければならない。
ベッドでまゆと少し通話した。案の定、興奮気味のまゆをいなして明日詳しく説明すると約束させられた。頭までタオルケットを被る。眠れないことには慣れているはずなのに、とても長く感じられた夜だった。
「やばっ!!!!」
明け方ごろまで眠れなかったはずなのに、目を覚ますと家を出る時間が迫っていた。
急いで支度をする。足首の痛みはほぼ退いて歩くには支障がないくらいまでになっていた。
少し迷って、ハセガワが念のためにとくれた湿布を貼った。その上から包帯を巻く。不格好な出来を隠すため、スクールソックスにねじ込んだ。
自宅マンションがある3階から階段を駆け下りる。今日はテスト最終日。絶対に遅刻はできない。今日は英語と数学。比較的、得意な組み合わせだった。まゆは今頃、泣きそうになりながら単語帳とにらめっこしているはず。
エントランスに繋がる階段を下りようとした時、見覚えのある紙切れが落ちていた。あのDMだ。住人の誰かが、捨てていったのだろうか。
踏んでしまいたくない。
でも勢いが止めきれない。
左足をつき損ねたえみりの体重と前に進もうとする力は、弱っていた右足首にかかる。全てがスローモーションのように、昨日あった出来事が、頭の中を駆けめぐった。
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