sweet Filling 3
ごりっ!ぶちぃぃぃ!!!!
気持ちの悪い音が身体の中で響いた。
「うあ“あ“あ”!!!!!!!」
咆哮のような叫び声がエントランスに響き渡る。右足首に、雷に打たれたかのような激しい痛みが走った。
「ううううぅああああ……!!!」
なんとか食いしばった歯の隙間から呻き声が漏れてしまう。血の気が退いていく。焼けた鉄の棒を足首に何度も差し込まれているような、耐え難い痛みが絶え間なく襲う。
ローファーに少しだけついているヒールが、運悪くタイルの溝にはまってしまい内側に足裏を向けた状態のまま足首は全ての衝撃を吸収した。
息ができない。瞬きすらも、躊躇ってしまう。
ああ、テスト。遅刻しちゃだめ。再試じゃだめ。何事も手を抜いたら、いけない。行かなきゃ、早く。学校へ、はやく。
母親の顔が浮かんだ。助けて欲しい相手ではなく、ただ恐怖の対象として。また叱られてしまう。
今日のテストは。まゆとの約束は。エキストラの合否は、金曜日限定の購買のパンは。
痛みを紛らわそうとしているのか、頭の中がひどくうるさい。
「今救急車呼んだからね!」
えみりの叫び声を聞いた周りの住民が集まってきた。1階に住んでいる大家さんが用意してくれた氷の入った袋が右足首にのせられている。その氷が溶けてぶつかり合う振動すら苦痛でしかない。
えみりの足首が異様な角度に曲がっているのは誰の目にも一目瞭然だった。
「しっかりするのよ!」
「大丈夫…です…学校…」
「そんなこと心配しないで。連絡しておくから。お母さんにも電話いれとくから安心しなさいね」
大家さんはえみりに声をかけ続ける。すぐに救急車が到着した。けたたましいサイレンの音が、全身に響く。あれこれ質問される。持病はない。アレルギーもない。ただ貧血気味で低血圧なだけ。酸素マスクを着けられた。気持ち悪い、吐きそう。そんな事を思っているとスマホが光った。
ハセガワからの足の具合を確かめる連絡だった。
右足首を見た医師は難しい顔をしてすぐにレントゲンを撮られた。
「骨は折れてないみたいだね」
よかった、とえみりはほっとした。今ならまだテストは始まっていない。
「ちょっと痛いけど、我慢してね」
えみりが返事をする前に、医師はえみりの足首を両手で掴んでいた。
「ひいいいいいいいいぃぃ!!!!!!」
足首を思い切り捻られた。またあの雷の様な言いようのない痛みが、身体を痙攣させる。看護師に肩を抑えられて痛みをうまく逃すことができない。涙が溢れ出した。
「はい、力抜いてね。お疲れ様」
医師はレントゲン写真が映し出された画面を見つめ、何かを呟いている。えみりはしばらく身動きをとることもできず、食いしばりすぎた顎がかたかた小さく鳴っていた。
えみりの右足首は強制的に正常な位置に戻され、シーネでしっかりと固定された。処置が終わる頃には、えみりは声を出すのも憚られるほどに憔悴しきっていた。
右足首は外側の2本の靭帯が断裂しまっているらしく、腫れが退くのを待ってギプスを巻くと説明された。予後によっては手術も考えるという。痛み止めの点滴をすると幾分か痛みは和らいだが、息をするだけで痛みが響き、やっとの思いでタクシーで帰宅した。
”お返事、遅くなってすみません。実は朝、転んでしまって病院に行っていました。捻挫だけで骨折もしていないのに大げさに固定されています。昨日は手当てしてもらってありがとうございました”
ハセガワに返事を送った。
“連絡ありがとう。じゃあ大分痛むね。食欲ないだろうけど、痛み止めは食後に飲んで“
ハセガワからはちょっとシュールなスタンプが送られてきて、えみりはくすっと口元を緩ませた。
”ちょうどダイエット中なので笑“
そう返して、続けてメッセージを入力する。昨日のお礼をしたいともっともらしい理由を付けて食事に行きたいと伝えた。意外にもハセガワはすんなりと了承し、えみりは自宅近くのコンビニの位置情報を送った。
自室に戻ると、急いでメイクをした。鏡に映るえみりの顔は、自分でもびっくりする程やつれていた。どくどくと心臓がうるさい。目の奥が熱い。
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