sweet Filling 4


「狭くて悪いけど、後ろに乗って足上げて」

近いはずの最寄りのコンビニが、ひどく遠く感じられる。やっとの思いでたどり着いた頃にはえみりはじっとり汗を掻いていた。ガラスに映る松葉杖抱えた自分を睨みつける。厳重に包帯を巻かれた右足が通るボトムスを持っておらず、仕方なく履いたロングスカートに、転ばないようにと選んだスニーカーがひどく不格好に思えた。
心臓は早鐘のように打って、それに合わせてズキズキと激しい痛みが襲ってくる。
ハセガワの車は丸いフォルムの外国産のコンパクトな車だった。確かに広くはないが、清潔感があった。あの、甘いタバコの匂いがする。

「大丈夫?とりあえずお茶、ここに置いとくから。落ち着いたら車出すよ」

「もう、大丈夫なんで…気にしないでください。お腹空いたので」

なんとか笑顔で話すが、口元が引きつっているのが自分でも分かった。点滴の効果が切れてきたのか、痛みが増してきている。

ハセガワは近くの大型ショッピングモールの駐車場に入り、少し待っててと告げると店内に消えた。
スーツ姿ではないハセガワの背中は昨日よりも大きく見えた。昨日会ったばかりなのに、一緒に食事だなんて。自分でも大胆だと思っている。それ以上に、愚かで軽率だということもよく分かっている。

「おまたせ。大丈夫?」

じっと窓の外を見つめるえみりに、ハセガワは不安そう訊いた。車の外には貸し出し用の車椅子が置いてあった。えみりの目は、熱っぽく潤んでいる。息が荒い。

「ごめん、お弁当適当に買ってくるから、今日はもう帰った方がいい」

ハセガワは足早に、再び店内に入っていった。



「早く効いてくれたらいいんだけど」

ハセガワが手渡したゼリー飲料が、粘ついた喉を心地よく滑っていった。その勢いに任せて痛み止めを飲み込む。空はすっかり赤く染まっていた。

「熱も少しは下がるから、楽になるよ」

えみりはハセガワの言葉に頷いた。

「自分のことを」

ハセガワはハンドルを握りながらひときわはっきりとした口調で言った。

「自分のことを大切にしないと。投げやりになっちゃいけない。自分を守ってあげて、好きになってあげて。好き、じゃなくてもいい。せめて嫌わないで。世の中にはいろんな人がいるから。えみりちゃんもちゃんと分かってるでしょ?」

ルームミラー越しに目が合った。ハセガワは諭すような目をして、少し微笑む。

「…もう、会えませんか」

「SNS上の友だちみたいなもの。近いようでとても遠い。遠いようで実は近い。距離は縮められる。だけど焦っちゃいけない」

いつの間にか、待ち合わせをしたコンビニまで戻っていた。
ハセガワは困ったように笑って、おじさんっていうのは説教したがるんだよね、と言った。そのまま車を降りてコンビニに入る。えみりの閉じた瞳から涙があふれた。
頭がふわふわして、吐き気がする。胸が苦しい、呼吸が上手くできないくらい、喉の奥が痛い。

このまま消えてしまったら、誰か探してくれるのかな?

まゆ?電車のお兄さん?お母さんくらいの女性?駅員さん?youtuber?先生?お母さん?

誰でもいい、名前を呼んで手を握ってくれるのならば。



気がつくと自室の天井が見えた。時計は朝の6時を少しすぎたことを知らせている。ベッドの横のサイドテーブルに飲み物とコンビニの袋があった。中にはゼリー飲料やブロック状のお菓子が入っている。不意に甘いタバコの匂いがした気がして、手探りで鞄からスマホを取り出した。まゆからの着信の通知が並んでいたが、それ以外の連絡はきていなかった。

激しい痛みが現実に引き戻す。クッション載せられた右足は指先まで内出血が広がり、少しだけ覗く甲と指はぱんぱんに腫れ上がっていた。少しでも動かそうとすれば千切れそうな痛みが襲ってくる。

元通りに戻るのだろうか。もしずっとこのままだったらまたハセガワに会えるのだろうか。

コンビニの袋を乱暴な手つきであさり、無我夢中でゼリー飲料を流し込む。途中で鼻水が喉に流れ込む。涙があふれて、息が苦しい。なんとか痛み止めを流し込む。効かないことは分かっている。

さみしい
いたい
さみしい

電子音で目が覚めた。いつの間にか少し眠ってしまっていた。スマホが鳴っている。もう何度目かも分からない、まゆからの電話だった。


Silent White Moon

bantage,cast...and pain

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