sweet Filling 5
「だいぶ、痛む?」
「ううん、全然」
紹介された自宅近くの整形外科の待合室で、まゆは赤く腫らした目で、えみりをまっすぐに見つめた。膝を伸ばせる車椅子を借りて足を上げていると少し痛みがマシになった気がした。
土曜日の午前中の病院は、人で溢れかえっていた。まゆの母親が送迎してくれるとのことで、えみりは甘えさせてもらった。耐えがたい痛みがあったが、まゆの手前、平静を必死に装った。
「…えみりが、救急車で運ばれたって聞いて…私…」
「心配かけてごめん…まゆ?泣かないで?…大げさにされちゃっただけで、ほんとは大したことないんだって!救急車だって、びっくりして呼んじゃったんだと思うし」
まゆはえみりの右足を見つめ、唇を噛み黙ったままだった。
「骨だって折れてないんだよ?ちょっと捻っただけで、すぐなおっ」
「嘘はやだ」
まゆはえみりを見つめてしっかりとした口調で言った。その大きな目には涙が溜まっている。まゆのいつもとは違う顔つきに、えみりは言葉が続けられない。
「えみりはすぐにそうやって自分を蔑ろにする。もっと自分を労ってあげてよ…大怪我なんだよ……まゆにだって分かるよ…それくらい…」
「で、でもほんとに、もう大丈夫…」
無意識的に右足首に力が入る。目から火が出るのではと思うほどの激しい痛みに、呼吸が詰まる。
「まゆのお姉ちゃん、少し足悪いでしょ?小さい時に、えみりみたいな怪我したの。まゆと公園で遊んでて…」
「まゆ…」
「たぶんえみりより、怪我は酷くなかったんだけど、入院して、手術して…でも良くない菌が入っちゃって」
「まゆ、いいよ、分かったから」
まゆは両手でスカートを固く握りしめていた。その手の上に、ぽたぽたと涙が落ちる。まゆには5歳上の姉がいた。片腕で杖をついているが、とても明るい性格でフットワークが軽く3人でも出かけるような間柄だった。
「ずっと眠ったままだったの。熱が下がらなくて…1週間くらいかな…。お姉ちゃんの足…あれね、」
「まゆのせいなんかじゃないよ」
「あれ、まゆがふざけて…ジャングルジムで」
「ごめんね、まゆ。怖かったよね、辛いこと思い出させたね…私のせいでほんとごめん…」
まゆは大きく首を横に振る。
「…この怪我は、手術することになるかもしれないけど、治り方次第だから…。今は、外側の靭帯かな…2本が断裂してて、それでだいぶ腫れてて、その…まだずっと痛くて、指も動かせないし…熱も出ちゃって…。もう少し腫れが引いたら、しっかり固定して、リハビリ頑張るから」
まゆがバックから取り出したタオルハンカチを、えみりに差し出した。急に恥ずかしくなって、それを借りて目を覆った。
まゆの香りが、ふわっと感じられる。
「山本さん、どうぞー」
診察室から顔を出した看護師がえみりを呼んだ。入り口までまゆがゆっくり車椅子を押す。
えみりが振り返ると、まゆは赤く腫らした目でいつものように柔らかく笑った。
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