sweet Filling 7



「ほんとにありがとうございました、まゆも色々ありがとう」

「ほんとにお部屋まで行かなくて大丈夫?」

自宅マンションの前で車を停めてもらったえみりはここで大丈夫、と笑顔で応えた。
途中、寄ってもらったコンビニのトイレで入れた坐薬が効いたのか、幾分か痛みはマシになっていた。簡単に食べられるものや飲み物を適当に買い、リュックに詰め込んでいた。

「また月曜日ね」

「うん、困ったことがあったらいつでも言ってね」

「ありがと」

そう言って別れると車が見えなくなるまで見送った。

これ以上、迷惑はかけたくない。
嫌われてしまうかもしれないから。

そんな考えは、まゆやまゆの母親に対して失礼だとは分かっている。しかしえみりには、自信がなかった。
親しい人を引き留めておく魅力は、自分には感じられない。



「あ、君この前の電車の!」

後ろから急に大きな声がして、えみりの心臓は跳ね上がった。

「え、ああ…。あの時は、ありがとうございました」

そこにいたのは電車で席を譲ってくれた男性だった。

「あのキーホルダー、付けてる子あんまりいないから。絶対そうだと思ったんだよね!え、なんか怪我酷くなってない?大丈夫?」

男性はしゃがみ込むと、えみりの右足を物珍しそうに眺めた。

「だ、大丈夫です」

「今帰ってきたの?お昼一緒に食べない??」

男性はすっと立ち上がる。見下ろされるような形になって、えみりは身体を硬くした。

「も、もう済ませたんで…すみません、少ししんどくて…」

「ふーん…そっか。残念。荷物持ってあげようか?」

男性はそう言ってえみりに肩に手を置いた。

「いえ、あの…ごめんなさい」

そうなんとか発すると、えみりは足早にエントランスに駆け込む。松葉杖はまだ上手く扱えず、右のつま先がアスファルトに触れてしまう。転びそうになり、体重をかけてはいけないと言われた右足を思い切り地面を蹴ってしまう。ごりっ、という感触の後に激しい痛みが走ったが、今は気にしてはいられなかった。鍵を持つ手が震えた。口から心臓が飛び出してしまいそうな感覚は初めてだった。
やっとの思いで玄関の鍵を締めると、その場にへたり込んでしまう。
手の指先が冷たく、背中を嫌な汗が伝ったが右の足先だけは燃えているかのようだった。酷く熱を持っているが、痺れているようにも感じられる。吐き気を感じたが立ち上がる気力も湧かずに、ただ目を瞑り、なんとか気持ちを落ち着けようとした。少し触れただけで、鋭い痛みが走る。熟れすぎた果実のように、ぽとりと足首から落ちてしまうのではないか。手術になったら、学校はどうなるのだろうか。1人寂しく、ベッドに縛りつけられて、天井を見つめるしかないのだろうか。目が覚めたら、そこには右足はなくて、冷たく無機質な代替品が繋がっている。
治る気配がない痛みのせいで、思考は深く深く堕ちていく。

ぴろん、とスマホが鳴った。その音がとても大きく感じられる。

“車に落としもの“

メッセージと共にあのキーホルダーの画像が送られてきた。その後にシュールなスタンプとハセガワのSNSのアカウントが送られてくる。

“アカウント教えてるの忘れてた”

アイコンは送られてくるスタンプと同じキャラクターだった。

溢れ出す涙で画面が霞んだ。えみりは声をあげて泣き、スマホを愛おしそうに胸に当てる。


ひとりじゃない

そんな気持ちはいつぶりだろうか。喉に流れ込む涙は、幼い頃に遠足で母と食べたおにぎりの味を思い出させた。


Silent White Moon

bantage,cast...and pain

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