KagoMe 6 (完)
「ゆり…目を覚ましてくれ…」
ベッドに横たわるゆりの手を握りながら、稔は呟いた。
「稔さん、ゆりになにがあったの…?」
「お義母さん、お義父さん…」
地方から病院に駆けつけたゆりの両親は、変わり果てた娘の姿に絶句した。ゆりの身体には無数のチューブや電極がつけられ、酸素マスクを当てられていた。首にはカラーがつけられ、頬にも大きなガーゼが貼られていた。
「乗っていたタクシーの運転手が、居眠りをしたそうで…赤信号の交差点で…。ゆりはタクシーの外に投げ出された後…別の車に跳ねられてしまったようです…」
ゆりはレストランから自宅に帰る途中、事故に巻き込まれていた。事故から3日。目を覚まさないまま、ICUで治療を受けていた。
「特にひどいのが、腰と足みたいで…股関節や太ももの骨が折れてしまっているそうです…元どおりに歩けるようになるかどうかは今は分からないと言われました…治っていた両手もまたあちこち折れてしまって…」
稔はゆりの腰のあたりに目をやった。右足の股関節は脱臼骨折があり骨盤も折れてしまっていたため、足を少し開いた状態で腰のあたりから爪先までギプスが巻かれていた。膝下や足首のあたりの骨も折れてしまっていると言う。左足は大腿骨が折れているため、膝のすぐ上にワイヤーを通し、錘をつけて牽引をしていた。膝下にも添え木を当てられて架台に乗せられていた。ゆりのお腹のあたりにはタオルケットが掛けられていたが、足を広げた状態で動けずにいるゆりの姿は誰の目にも痛々しく映った。右手は肘を90度に曲げられ付け根あたりまでギプスが巻かれており、上腕骨が折れてしまった左手は腕を前にかざしたような状態で牽引されていた。
「ゆりっ」
目を覚ましたゆりに気付いた母親が、ベッドの横に崩れ落ちるように寄り添った。
「あ、が…」
「今はないも言わなくていいわ…かわいそうに…」
雷に打たれたような痛みが下半身を中心に走り、ゆりは静かに呻いた。医師が鎮静剤を注射すると、ゆりは苦痛に顔を歪めたまま眠りに落ちた。
一般病棟の個室に移った後も、ゆりの高熱は1週間ほど続き、食事もとれず栄養価の高い点滴でしのいでいた。
「ゆり…かわいそうに…。君をこんなに愛しく思ったのは、いつ以来だろうね…」
稔は苦しそうに肩で息をするゆりにキスをした。ゆりは目をうっすらと開けると、ぎこちなく微笑んだ。稔の手が下着を着けていないゆりの胸に伸びる。そのままゆっくりと乳房を弄んだ。
「みのる、さん…だめ…くるし…」
しかしゆりの身体は敏感に反応してしまい、ビクビクと下半身が痙攣した。
「ああっ!!!いたい…あしが…!」
牽引されている左足が揺れると骨が擦れるような感触があった。抵抗しようにも両手にもまだ激しい痛みが残っていた。
「きみがどうなろうと僕の気持ちはなにひとつ変わらないよ…。もう少し良くなったら、いっぱい慰めてあげるからね」
そう言ってゆりの涙を拭うと、稔は病室を出て行った。
「ほんとお前の奥さん大変だよな」
「え?なにが?」
稔は自宅で工具を使い作業しながら肩で携帯を挟み電話をしていた。
「いやいや。変な趣味の旦那だとさ。今回はだいぶひどいんだろ?」
電話の向こうから小さくため息が聞こえた。
「まあ今回のは、突発的な交通事故で」
「はいはい、偶然ね、ぐーぜん。金持ってるやつはよくわかんねーわ。」
「あ、そうだ」
稔が初めて同僚を見た。
「小学校低学年くらいの子どもだったら、何をもらったら嬉しいと思う?」
「あぁ、お礼?…金じゃないか?」
電話の相手は誰だってそうだろ、と付け加える。
「そうか。わかった、ありがとう。じゃあまた」
一方的に電話を切ると、1つのネジを見つめながら口元を緩めた。それは自宅に届いたばかりの電動車椅子の非常ブレーキの部品だった。
「次はどんな悲鳴を聞かせてくれるのかな…」
再び稔の携帯が鳴る。ゆりの入院している病院からだった。
「え!?リハビリ中に?妻は大丈夫なんでしょうね!?」
稔はほころぶ口元を必死で引き締め、病院へと車を走らせた。
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