KagoMe 5
「ゆり、誕生日と退院おめでとう」
レストランのスタッフがゆりに花束を渡すと、稔は嬉しそうに言った。
「ありがとう、ございます」
ゆりは大げさな装具をつけた右手で花束を受け取ると、恥ずかしそうにスタッフと稔に礼を言う。
「でも、入院が長引いてしまって…ごめんなさい。稔さんもお仕事が大変なのに…」
「いや、僕は大丈夫。でもほんとに不運だったね」
車椅子に座ったままテーブルについているゆりの左手には肘下までギプスが巻かれている。右の足首には包帯が巻かれ、その上に装具がつけられていた。
「やっぱり僕がついていないと…」
稔はため息を吐きながら言ったが、その表情はどこか満足げだった。
ゆりの右足が次第に回復し、ギプス固定から装具に変えられた頃だった。左手で松葉杖をつき、リハビリがてら病院の中庭を稔と散歩をしていた。その途中、仕事の電話が入り、稔はゆりから少し離れた場所で話をしていた。
「きゃ!!」
短い悲鳴がし、稔が振り返るとゆりはギプスを巻いた右手で右足首を抑えながら倒れていた。
「ゆりっ!!」
稔が駆け寄ると、ゆりは痛みに顔を歪めていた。傍に、小さい子どもが立ち尽くしていた。見舞いに飽き、中庭で遊んでいた子どもがゆりにぶつかってしまったのだ。
「あ、足首が…」
そう呟き、子どもの手前必死に痛みに耐えているようだった。ゆりに気付いた看護師が車椅子を押して駆け寄ってきたが、左の手首も腫れ上がり自力では立ち上がれずにいた。稔がゆりを抱き上げ、そのまま整形の外来に運び込んだ。右足の装具を外すと、足首は再び腫れあがり新たに内出血を起こしていた。
「内側の靭帯が再断裂してしまっていますね…。治りかけていた部分が切れてしまったことで、以前より治りが非常に悪いと思われます。後遺症を残さないためにも、手術をお勧めします…」
やっと自由に動けるようになったと思った矢先の事故に、ゆりは涙した。左手首は靭帯損傷と診断され、そのままギプス固定されてしまう。右手は腕の付け根まで、左手は肘下までギプスが巻かれた状態で添え木で固定された右足首の痛みにうなされながら、2日後に決まった手術の日を待った。
「稔さん…喉が渇いたわ…」
吸い飲みでお茶を飲ませてもらうだけでも、力が入ってしまい、激しい痛みが足首を襲った。
「ああっ!!!!…もう…いや…」
足首を刺すような痛みと自分では何もできないもどかしさに、ゆりはよく泣いたがその度に稔が諭し、なだめた。術後は痛みも和らぎ、稔の献身的なサポートもあってか良好な経過を辿った。 しかし両手を固定されているため、不自由な生活は変わらなかった。ゆりの世話で疲れ、痩せていく稔を見て、ゆりは心底心配したが、同時に稔の愛の深さを再認識し、充足感に満たされた。
そして右手のギプスが外れ、晴れて退院の日を迎えた。数日後には左手のギプスも外せるだろうと言われたいた。
「でも本当にあの子に怪我がなくてよかったわ…」
「ゆりはお人好しすぎるよ…。さて、そろそろ帰って休もう。疲れただろう?」
稔は立ち上がりながら言うと、ゆりの車椅子を押し、レストランを出ようとした。
「ごめん、ゆり。ちょっと電話。待ってて」
稔はそう言うとゆりをロビーに残して、その場を離れた。しばらくして深刻そうな顔をした稔が戻ってきた。
「トラブルがあったみたいで…今から部下と取引先に行かないといけなくなった…」
「そうなの…。私なら自分で帰れるから、気にしないで」
ゆりは正直不安だったが、笑ってみせた。
「悪い…。店の人に介護タクシー呼んでもらうから」
稔はゆりにカードを渡すと、足早に店を出て行った。
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